俺の背中を見ろ、子どもたちよ






こんなことをツイッターでつぶやいた。

今回はこの内容を少し掘り下げてみる。


最近、我が家の子どもズは、「おやじブーム」が来ている。母親と父親の役割は全く違うが、その使い分けの中で「父親」のポジションが上がってきた様子。

そんな様子なので、僕のやることに興味を持ってくれる。例えば、懸垂。家の中でどこかにつかまり懸垂を行うと、長男も次男も、一緒になってやろうとする。もちろん1歳の次男は出来るわけがないので、地面に足をついて、腕をどこかに掴み、屈伸運動のような姿勢を繰り返しているだけだが。

この前は公園にあったのぼり棒を登りたいと思った長男が、初めてのことなので登り方が分からず、まずは僕にやってみせるようにお願いをしてきた。一応の説明を交えながら、のぼり棒を2m程度(低!)登って見せた。2m1m80cmの僕からしたら、ほんの少ししか登っていないことになるが、110cmの長男からしたら「だいぶ上まで登れてる!!(嬉)」となったはず。

その証拠に、すぐに自分もやってみると言い出し、えっさかほっさか登り始めた。何回も挑戦するうちにコツを覚えたようで、少しづつ高く登れるようになってきた。

余談だが、実は僕よりも奥さんの方が運動神経が優れている。おそらくのぼり棒も、奥さんにさせればひょいひょいひょいと10mでも登れるのだろうが、今は「おやじブーム」の真っ最中なので、そこは僕の尊厳のために力を入れている。


翻って、今の若い社会人は「俺の背中を見て覚えろ!」という教育方法が効かなくなってきているとよく耳にする。僕なりの推測なのだが、生活環境に溢れるエンターテインメントよりも、上司や先輩がやっている仕事が楽しそうに見えないことが理由の一つかもしれない。

楽しそう!や、やってみたい!、という気持ちが、「あの人の真似をして、僕も上手くなりたい!」と行動意欲につながると考えるのだが、そのレベルに至っていないのかも。

若い人の意欲が低下しているのなら、公園で走り回る、野山を駆け回る、落ち葉で遊ぶ子どもたちは相対的に少なくなるはずだが、近所の公園を見ても、今までと変わらず楽しそうに遊ぶ子どもたちはたくさんいる。(もちろん公園でゲームをやっている子ども増えたが)

すごく抽象的な表現にはなるが「いかに楽しく物事に取り組むか「主体的に物事を見ていくか」という力を、子どもの状態のまま出来るだけ長く維持すれば、青年になっても、大人になっても、ある程度のことは楽しみながら、やり過ごしていくことが出来るのでは、なんて考えた。


川に降りているように見えるが、実際は擁壁でボルダリング風をしている長男

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